昭和五十六年六月十日 月例祭
大分からお参りをしてくる、ご信者ですけど、なかなか立派な人格の方なんですが、お名前が大城築と言う、大きい城を築くと。今日は社員の方を一人、お導きして参って見えられました。ほんとにまあ遠いからではありますけれども、それこそ電話一本でお願いして、電話一本でおかげを頂いておる方なんです。
この頃からいろんななかなかアイデアマンでありましてね。様々な商品を作って世に売り出そうとこういう。この頃から書きました「世茂喜」と書いてよもぎと読む、世茂喜茶という茶を出される。また世茂喜三本といただいて、それからそのポスターが見事にできました。おかげであっちこっちデパートからもお取り引きを願って、まあおかげを頂いておるという、まあおかげを頂いた、おかげを頂いたばかりのお届けですが、今日お参りをして始めてお話らしいお話をさせて頂いたことでしたけれども、「大城さんあなたのお父さん、まあご両親があなたの生まれなさった時には、それこそ大きい城を築くような成功をしてくれよという親の願いで大きい城を築くと名前を付けなさったんじゃないでしょうか」、これも親の願いなんです。ところがなかなか親の願い通りにいけばよいのですけれども、いけません。まあよしいったところでそれが何としたことではない。子にも孫にも伝わっていくような大城であり築くでなからなければならない、という話をさせて頂いたことでしたが。
私がもう五十四、五年にもなる前の話、私が子供の時に、三井教会の夜の御祈念だったと思います。お参りさせてもらったときに、お話の代わりに当時の金光新聞の記事を読んでくださったことがございます。私は今日はしきりに、そのことを昼から思うて、あの時に頂いたお話が不思議に頭の中に残っておる。五十何年間で忘れられない、鮮明に残っている。それがどういう話かというと、胸の病気でおかげを受けられた。そこからお道の教師を志されることになって布教に出られた。ところがなかなか人が助からない。まあ言うならば大変な修行の中におかげを頂いておられる、そういうある日、お里の方からお父さんが見えられた。こうして見てみるとお参りもないし、大変難儀のようであるが、一応田舎の方へ引き揚げて帰ってきたらどうかと、そすと少しは田んぼも分けてやられるし、また別れ家の一つも建ててやりたいと、まあ話しておる。だから一応引き揚げてまた布教してらどうかというお話をもって見えた時に、その若い先生が言われたことです。その言われたことが頭に残っているのです。お父さん有り難いと、親なればこそそう言うてくださる。有り難いけれども、私は今、もう少し信心の苦労がしてみたいと、しきりに思うと答えておられた。信心の苦労がもちっとしてみたいと、こう言う。私は子供心にそのことを聞いて、今だに鮮明に頭の中に残っているというのは、信心とは、今の私なら有り難いものだなと思ったでしょうけれども、有り難いか何かそんなことは分からん。けれども信心とは不思議にことじゃあるなあ、苦労ばしてみたい。普通の者なら苦労したくないのですけれども、信心をしておれば、それこそ信心の苦労をもちっとしてみたいというような、その思いたちには、あんたがそう言うなら親の私でも何とも言うことはできんと、言われるお話が当時の新聞の記事になっておった。それでもう五十四、五年になりますから、もう今ごろはたいしたお教会になっておられるのではないだろうかと、しきりに思うたんです。調べられるなら調べたいように思いますけれども。
私はお互いがです、信心の苦労がまちっとしてみたいというような信心が生まれたら、絶対繁盛です。おかげです。お徳になるです。親の願い、子供にかける願い、どうぞ子供がおかげを受けてくれるように、いや成功してくれるようにと願わん者はありませんから、その名前にも大城築という名前を付けるけれども、果たして親の思い人情だけで人間がどうこうなるというものではない。それにはね、どうでも大城さん、それこそまず大きな城のような心をまず頂かなければいけません。まああなたとのお付き合いが一年ちょっとぐらいでしょうか、もう本当に置いたものを取るように、様々難しい問題が一つ一つおかげ頂いて、おかげを頂きましたと言うて、まあ月に1回かお礼参拝をして見えるようなことであり、お願いは電話でなさる。それでやはりおかげを受けるんです。けれどここにね、信心の言うならば修行です。信心の苦労がしてみたいというような信心を頂くためには、大きなおかげが頂きたいならば、大きな心になる手立てを信心によって頂かなければいけませんよ。心が小さいのに大きなおかげを頂いたのでは、言うならただ商売が上手だから、なかなかやり方がうまいから成功したのでは、子にも孫にも伝わることはありませんけれども、信心の教えによって自分の心がいやが上にも大きくなり豊かになって、そこには大きな豊かなおかげが約束されるというのですから、そのおかげを頂いて始めて親が子に願う、これを子にも孫にも伝えていけるおかげともなるのですから、一つ本気でおかげを受けなければいけません。ためにはここでは言うならば心を豊かに大きくしていく手立てが合楽理念に説かれるのですから、いよいよその気になったら面白いですよ。少し研究をしてみられるとよい、ただ神様とはお願いをして、どうぞどうぞとお願いをしておかげを頂くというところから、その神様の心を分からせてもろうて神様の心に添い奉る生き方を身に付けていくということでございます。
例えば私ども十五の年から二十一まで酒屋の小僧、番頭をしましたが、やはり親身に店のことを思い自分のこととして、その店の御用ができるようになりましたら、主人の信用はもちろんお得意さんの信用もついてまいります。言うなら私どもが親身になるということ、神様のお心が分かると、神様の心にいよいよ添い奉ろう。神様の御信用がつかんはずがない。けれども言うならば時間があれば、まあ油を売ると申しますか、言うなら誤魔化す。それではね、いかにも誤魔化しおえたようであっても信用はつかない。神様の御信用というのはいよいよ神様のお心が分かって神様のお心に添い奉ろうという生き方を最近、合楽では信心、真心、神心ということを昔から言われますね。言うならば信心とは神様を信じる心。真心とはまごころ。神心とはかみごごろ。この信心を目指させてもろうて、自分の心の中にいよいよ神心が育っていくことを限りなく楽しんでいくという信心。最近、それを信行、心行、家業の行と申しております。今までは、表行全廃です。火や水の行という形に現す行は合楽では全廃をしました。だからもう心の行と家業の行に極まったと言うふうに申しております。最近、私はその心の行と家業の行に、もう一つ信行が伴わなければならない。これは信心の行であります。それをいわゆる信行、心行、家業の行と申しております。
信心の言わば苦労がしてみたい。または大きなおかげを頂きたい。ならばです、この信行、心行、家業の行をいよいよ本当のものにしていかなければいけません。心行はどこにおってもできる。家業そのものが行だという頂き方。今日も御用にお使い回しいただいて修行させて頂いた。それに言うならば信行、信心の行が伴わなければならない。みなさんがこうやって月次祭にはどうでもとお参りなさるのは、これは信行です。これが日参ともなったらいよいよ信行です。おうちで朝晩の御祈念をそれこそ行のように欠かすことなく、いうなら出来るなら家族が勢を揃えて、夜の御祈念なんかは家族一家でお勤めが出来る。これは素晴らしい信行です。
先だって五日の壮年会の時に加藤さんの発表を聞かせて頂いた後に、いっしょに安藤さんがお参りしておられましたが、もう本当に加藤さんの所にいくと、神様がいつも麗々しうお祭りしてあるだけでなくて、きちっとお供えがしてある。もう信心のなか者でも、あそこに行ったら頭が下がる、拝まにゃおれないようにしてある。これなんかはいかに信行が伴うておられるかということが分かります。もう神様は、三宝はあっち向いたりこっち向いたり、お榊は枯れとるといったような、それで合楽の理念だけはマスターしたと言うても、これではおかげにならん。信行ができてない、信心の行が出来てない。家業の行さえしとけばよい。もう合楽の信心修行は心行だから。そういう言うならば信行、心行、家業の行ができて、そして信心の苦労がまちっとしてみたいというような心が頂けてくるようになったら、これは私が五十何年前に聞かせて頂いた、おそらくはその先生のところではもう五十数年になるから素晴らしい大教会になってたくさん人が助かっておるだろうと思います。
出来るだけ信心の苦労はしたくない。そしておかげは頂きたい。大きなおかげは頂きたい、心は小さい。心がいよいよ豊かに大きゅうなるというけいこを怠って、大きなおかげが受けられるはずがない。よし頂いても、それはまあ信心がなくても儲け出したり、繁盛したりしよるのと同じことだというふうに思うのです。信行、心行、家業の行をね、みっちりさせて頂いて、そして一つ信心の行、信心のおかげを頂く為の修行ではなくて、信心を頂かせていただく為の修行をさせて頂きたい。信心を分からせて頂く為の修行。おかげを頂くために行をするというのじゃない。
今朝からの御理解に46節というところを頂きました。46節というのは「痛いのが治ったので有り難いのではない。いつもまめなのが有り難いのぞ」という御理解です。すぐ分かるですね、皆さんでもすぐそれどころじゃない。もう痛かつが治ったのは有り難いことは有り難いばってん。どおんなかなら、まあだ有り難いいと。だからそのいつもまめなのが有り難いというその心で、まあ今日皆さんに聞いて頂いた「信行、心行、家業の行」が出来るようになったら、もう絶対必ずおかげになる。お徳になる。だだみなさんがね、いつもまめなが有り難い、そりゃそれどころじゃないというて、信行も伴わなければ、心行も伴わない、家業の行も伴わなかったら、それはただ、そうだと分かっただけで、本当に分かるということはです。いよいよ合楽理念に基づくところの、言うなら「いつもまめなのが有り難い」それには「いつもまめでないことも有り難い」。おかげを受けた時だけが有り難いというのではない。どんな場合でも有り難い。
今日は先ほど加藤さんご夫婦で参られて、手に包帯をしておられます。今日はおかげを頂きまして六針も縫うた。けれどもおかげを頂いて、左手でしたからおかげ頂きましたと言うてからお礼を言われる。どうぞおかげをいただきますようにじゃない。まあ言わば右手は使えます、使わない方だったからおかげ頂いたとこう言われるのでしょうけれども。どうぞおかげをいただきますようにというお願いではなくて、おかげを頂きましたということである。
今日は、まあ若い、そこの三井農芸高校ですかね。昔、農業学校て言よったところの教師をしておりますという方がお参りになった。善導寺の久保山さんところの息子、久保山純君が今ここで学校を休んで修行をしておる。それで先生、それを見に来られたらしい。そしてここでお届けをされる。ここに見えた時は、はっきり分からなかったけれども、後で高松和子先生から聞かせて頂いたんですけれども、甘木のご信者さんである。数年前、あちらの奥城が出来ます時に、山崩れで生き埋め、私の母が、生き埋めになりまして亡くなりました。甘木の先生と言や当時日本一と言われるお徳の高い先生の奥城が出来るというときに、その御用に行っておって山崩れに遭って生き埋めになって亡くなった。私の姉は何々という教会に縁づいております。兄は甘木の幼稚園の園長をいたしております。みんな金光教の信心がある。例えて言うならば、そういう手厚い信心をさせていただいて、しかも一家を挙げて信心しておったにもかかわらず、そういう悲しいことが起こったから、それで信心が止むというのではなくて、ますます熱心に信心になっておられるという話を聞きました。
私、自分自身のことも思うて見ました。同時に善導寺の久保山のことも思うて見ました。あれほどの一家を挙げての信心であり、久保山先生と言えば合楽の神愛会当時の一番最高の先生と言われた方であった。その先生が合楽の御用の帰りに自動車事故で亡くなられた。私は改めて今日、そのことを思い出させて頂いたんですけれども、不思議な縁とは不思議なものだなと。久保山先生の二番目の息子が当時、今の東京支部長です。実さんがその知らせを受けて飛行機で帰って参りました時に、飛行場からここまで、心の中で叫ぶように言うてきたことは「合楽の曙、合楽の曙」と言うて、ここに到着したと言っております。あれほどの熱心な信心を打ち込んでいる父親がどうしてそういうことになったのかじゃなくて、ちょうどここの御造営の半ばの時でございました。うちにも帰らず直接ここへやって参りましてから「合楽の曙、合楽の曙」。そして言うなら、現在の久保山家の信心であり、いうならその娘である高松和子先生親子がお道の教師を拝命するといったような信心におかげ、ははこれこそ本当の信心だなと今日思いました。
今日、甘木のご信者である平田という方です、が参って見えて、そしてその応接室でお茶を差し上げたそうですが、私は純君にどうこうと言うのではなくて、私の身の上話を聞いて頂きたいと思うてと言うて高松和子先生と純坊でしょうか、話されたのが今の話であった。私の方はこういうことで、そして今日こうして信心を続けておる。おそらくその先生に私の方も父がこうこうと言うて話されたら、それこそびっくりされたであろうと思うです。信心ということが、あれほど信心しておってどうしてあんなに貧乏が続くだろうかと私も三十年前は言われて来た。どうしてあんなに次々と不幸なことが続くであろうかと、兄弟三人の葬式を出さねばならないような、どうしてあんな信心が一家中でしよんなはってということもあったけれども、その頃の私の心の中には、もう言うならば信心の有り難さが段々分かってきて、それこそ「まちっと修行がしてみたい」という時代であったからであります。
信心というのがどういうものなのか。神様の心はどこへんにあるのか。今日福岡の富田川さんが参拝になってお夢を頂かれて、まあ素晴らしいお夢であったが、そのお届けをされる時に頂かれますのが、接点の接という字を頂くんですね。手偏に立ち上がる立つと言う字を書いて女と接するの接。今様々な難儀なところを通っておられます。だからその神様は叩いてでも、その氏子と接したいという働きであるというお知らせであった。私どもが信心をさせていただいて、もうそれこそ悲しいことと言うたら、今の久保山の話でも甘木の平田さんの話でも悲しい話なのですけれども、それがいよいよ神様と接点となって、そこから交流し合えれる。限りなく生みなされる働きになって生みなされるためにと言うてもいい訳です。
今日の私は46節という「痛いのが治ったのが有り難いのではない。いつもまめなのが有り難い」というその有り難いとは私どもは四十(始終)、六というのはお徳、始終、いつもがお徳を受けるチャンスに恵まれているんだという頂き方、それには一日の中にどのようなことが起こってまいりましても、これが神愛だ、これが力を下さろうとする働きだ、これがお徳の元になるんだという頂き方だったら、始終録節でしょう。そういう信心が分かって、人間の幸せ、貧、争、病のない世界、それこそ真、善、美に輝くような世界に住みながら日々ありがたい、もったいないのおかげの頂けるおかげを頂く為に、言うならばいつもまめなのが有り難いというのが実感として有り難いということになる時に、初めに申します、必ず信行、心行、家業の行が出来てくると思うのです。その中味が出来ていないで、今の御理解がです、ああそりゃほんにそうですね、痛いのが治ったのがおかげじゃない。どうもなかつの方がおかげ、と分かっただけでは、言うならばそこに腰掛けてしまうようなことになる。内容として、今日私が申しますようなことが分かって、おかげであるということが分かるときに、言うならば信行、心行、家業の行を欠かすことはない、いや欠かしてはもったいない。そのことがいよいよ有り難うなってくる。その根底には、おかげを頂く為に信心修行いたしておりますから、信心を頂かせてもらう、もちっと信心の修行がしてみたいというような願いを心の中に頂けれる信心。そして日々がどんな場合であってもお徳の、始終、いつもお徳を受けるチャンスはあるのだ、おかげを頂くチャンスはあるのだとして、その成り行きをいよいよ大切に尊ばせて頂くというおかげを頂きたい。いつもまめなのが有り難い。通るところを通って、いつもまめなおかげを頂いた時に、それは例えば怪我をするようなことが、加藤さんじゃないけれどもあるでしょうけれども、そこにはもうそれこそ加藤さんの信心の芯というならば「一日千回の喜び」といわれる。不平どん不足どん言うとる暇はなか。おかげを頂きまして右手でございませんでしたからと、こうお礼が言えれるという信心、そこには例えば加藤さんのお宅に、お神様を拝ませて頂けば分かると安藤さんが言われるように、いつもそれこそ、にぎやかに、きちっとした奉斎が出来ておるだけでなく、もう前に座ったら拝まにゃおられんというような、言うならば信行、信心の行が出来ておる。
皆さんどうぞ、みなさんの信心、心行、家業の行と今まで言ってまいりました中に信行、心行、家業の行という信心の行というのを加えて一日、今日も信行、心行、家業の行が出来たかというような一日一日であるうちにです、信行の有り難さもいよいよ分かってくると思います。どうぞ。